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vacío

からっぽな日常に色をつける

ジョブチェンジ

今回は自担が塚田くんになるまでについて少し書いていこうと思っています。

私が塚田くんの存在を知ったのはデビュー後でした。若手俳優関連の友人の一人が「キスマイが好きなんだよね」と言って、様々な映像を見せてもらったときに気になったのがA.B.C-Zだったのです。しかもその時は全然塚田くんのことは目に入っておらず「応援するなら河合くんか五関さん」と思っていました。そして当時B.A.Dだった桐山くんもかなり好みの顔だったので、その時点で担当候補は河合・五関・桐山の三人に絞られていました。

しかし、人生何があるか分からないものです。ある日の少年収、偶然手に入った観覧のチャンス。よく分からぬまま何となく「河合」のうちわを作りNHKホールへ向かいました。そこで出会ってしまったのです。今まで全く興味の無かった金髪のお兄さんのにこにこの笑顔に、しなやかな跳躍、指先まで神経の通ったダンス、ふとした瞬間に見せる雄の顔。転げ落ちるみたいに加速して!まさに、Crazy Accel!塚田くんは、まるで、ダイソンの掃除機のように、圧倒的な吸引力の前にひれ伏すしかありませんでした。あんなに美しい生き物は見たことが無かったんです。

その日から、塚田くん…塚田くん…と呟いてました、病気です。その時点で出てるDVDをすべて買いました、でも塚田くんに掛けられた魔法は解けないです、塚田くんのお話しているとき、踊っているとき、アクロバットをするとき、全てがとても美しく見える魔法にかけられてしまいました。時期は丁度サマリーが行われている頃でした。2回目に見た生の塚田くんに関しては、緊張し過ぎて何も覚えてないです。ただただ、5人のサークルフライングのシーンで何故だか分からないけど大号泣し(それまでのサマリーに関して事前知識なし)(5人がずっとずっと見上げてた、フライングを感じ取ったのか……)最後のラブピでまた大号泣。始まりから終わりまで、あの地下に伸びるホールで行われたと思えないほど、空が見える、美しい公演だったんです。この時点で箱推し気味になりました。えびはまるっと可愛くてカッコ良くて美しい!と、この人たちの未来が見てみたい!と強く願うようになりました。

この頃、大学院に入るために浪人生していて結構精神的にきてたのかもしれないんですけど、とにかく精神の安寧をえびに求めたのだと思います。10月には無事に院試に受かりました。(今考えると受験の直前にサマリー観に行ったのもかなりの賭けだったのかもしれません)

次の現場はJWでした。ギリギリまで行くか行かないかうだうだしていたのですが、行って正解でした。塚リカちゃんというセカンドインパクトにやられました。この時点で、私は諦めたのです(というか認めたのです)Twitterのプロフィールに「塚田くんのファンです」と書きました。それまでテニミュと実況ばかりTLに投げていたのが、えびに関する話をしだしました。2012年年末〜2013年年始にかけての期間で、「自担は塚田くんです」という看板を背負い、えびを全力で応援していきます!という姿勢をとることを認めたのです。ここから私の塚田担としての生活が始まりました。担当を名乗るということはジャニオタの中で「私はこのカードを所持している、こういう者です」という事を示すものであると思っています。このカードはチケットのやりとりや、Twitter上で交流を行う上で重要なものだと考えたわけです。そのカードを所持することはジャニオタド新規の私には荷が重いかと考えていましたが、そのカードを示さねばならない場面もたくさんあると感じました。

この辺りで親しい友人たちに「ジャニオタにジョブチェンジしたったwww」とふざけて話していたのですが、まさかここまで本格的なジョブチェンジだとは誰も思わなかったんじゃないですかね。自分だって思わなかったです。

とにかくえびに出会って新しい世界が広がりましたし、塚田くんのおかげで考察すべきことはどんどん増え毎日飽きないです。